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2026

2026シーズンに向けて(木下明海)

こんにちは!新2年、背番号39番、ブロッサムリーグを担当します。木下明海です!


私がサッカーを始めたきっかけは、兄の影響です。

私は小さい頃から体を動かすことが大好きで、兄のサッカーについて行っては隅っこでボールを蹴っていました。サッカーを習いたい!と母にお願いをして幼稚園の年中からサッカーを始めました。

最初は男子に混ざってサッカーをしていましたが、小学2年生から横浜の女子チームに所属し、高学年になってからはほぼ毎日サッカー漬けの日々を過ごしていました。


中学ではクラブチームに所属して3年間プレーしました。

小学校のときは経験しなかったレギュラー争い。ひとつでも上のカテゴリーにいけるようにとにかく必死でした。

中学3年生では上のカテゴリーに所属することはできましたが、試合に出る機会はなかなかありませんでした。全国大会にもチームは出ることはできたけれど、私は応援席でビデオを撮って終わりました。地方で行われた全国大会、父も母も応援に来てくれました。せっかく遠くまで来てくれたのに、私はその横でビデオを撮っているだけ。それでもチームのタオルを首に巻いて応援してくれている父と母を見て悔しさと申し訳なさでいっぱいでした。


高校は地方の高校に入学しました。私はずっと選手権に出るのが夢だったので、親元を離れて地方の高校を選びました。

ですが入学して数ヶ月、なかなか馴染むことができず、母に何回も電話をしました。家に帰りたい、もうサッカーできない。気持ちはやりたいのに、体が追いつきませんでした。

2年生に進級してから地元の高校に転校しました。

女子サッカー部もある、友達もいる、そんな環境の中でまたサッカーに打ち込みました。

ですが2年生では怪我や体調不良が多く、なかなか思うようにプレーすることができなかったです。

そしてあっという間に3年生になり、最後の年では夢だった選手権出場を目指し、今までのサッカー人生の中で1番サッカーに向き合う時間の長かった1年間でした。結果として選手権出場は叶いませんでしたが、それよりも得ることの多かった1年間だったと思います。


大学に入学してからは、部活や勉強、大変なことも多いですが毎日楽しく過ごしています。

私は今年20歳になりますが、20歳は当たり前を当たり前だと思わず、周りの人を大切にできる、そんな人になりたいです。


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私のサッカー人生を思い返してみると、正直辛い思い出の方が多いです。それでもこれまで続けてくることができたのは間違いなく、周りの人たちの存在です。

今まで指導してくださった指導者の方々、切磋琢磨してきた仲間。今も本当に恵まれた環境の中でサッカーができています。

そして、小さい頃から辛いことがあると励ましてくれたり、今も仕送りを送ってくれたりする祖父母、あまり話すことはないけどいつも心配してくれる兄(お母さんに全部聞いてるよ。笑)小学校のときから朝早く起きてお弁当を作ってくれたり、仕事終わりに迎えに来てくれたり、今も昔も遠くても応援に来てくれる父と母。

家族には感謝してもしきれないです。

直接伝えるのは恥ずかしいけど、いつも味方でいてくれて本当にありがとう。



今年は1年生もたくさん入ってきてくれたので、より気合を入れて毎日頑張っていこうと思います!!



長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうこざいました!!



これからも日本女子体育大学の応援をよろしくお願いいたします!


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