新2年 背番号12番 学連を担当します。
ゴールキーパーの太田香奈です!!

私は、兄の影響で幼稚園の年少からサッカーを始めました。
幼稚園・小学校の頃は、男の子の中に女の子1人混じってサッカーをやっていました。試合中に男の子と言い合いをしたり、スカートを履きたくないと言ったり、可愛らしさのない女の子だったと思います笑
中学生になり、ゴールキーパー人生が始まりました。きっかけは、兄がゴールキーパーとしてゴールを守っている姿がかっこよかったからです。中学では、2年生の時にサッカー・フットサルで関東大会に出場できたことが一番の思い出です。
高校生は、私が唯一サッカーが大嫌いになった3年間です。
毎日走りのメニューがあり、上下関係も厳しく、いつ辞めようかと考えてしまうほどでした。入学して2ヶ月で体重が9キロも減りました。食欲も湧かず、お弁当の時間は1人で泣きながら食べていました。
高校2年生、ある日突然試合に出られなくなり、反抗的な態度を取るようになっていました。夏の遠征では、試合中にも関わらずバスに戻ろうとしたり、走りも不貞腐れて走ったりと、恥ずかしいことばかりしていました。それでも、諦めずに信じてくれていた監督やチームメイトが、試合に出られたか出られなかったかで一喜一憂する自分を変えてくれました。
一番大切なことは、自分のためにチームがあるのではなく、チームのために自分がいるということです。チームのために何ができるかを考えて行動し続けたことで、また試合にも出られるようになり、1年生の頃より視野が広がり、落ち着いたプレーができるようになりました。
高校最後の年は、大事な大会の前に毎回怪我をしてしまい、心が何度も折れかかりました。それでも、ずっと味方でいてくれた同期のおかげでやり切ることができました。この3年間は最高の仲間に出会い、共に上を目指し戦うことができ、神奈川県大会を3度優勝できたことは本当に幸せでした!!

大学入学後は、高校時代から悩まされていた反復性肩関節脱臼の手術を受けた影響で、シーズンの約半分はサッカーができず、早く復帰したいという思いを抱えて過ごしていました。復帰後も痛みや可動域の制限が残り、思い通りのプレーができず、苦しく悔しい時期が続きました。
そんな時、スポーツ心理学の講義で「怪我をした後に以前と同じプレーをすることは難しい」と学び、考え方が大きく変わりました。高校生までの自分と比較するのではなく、手術後の自分に目を向けることで、できるようになっていることが増えていることに気づき、気持ちが楽になりました。大学では、怪我をせずに前向きに成長し続けるために、今の自分を受け入れプレーしていきたいと思います。
私のサッカー人生を一番そばで支えてくれたのは家族です。忙しい中、試合に出られなくても、雨でも雪でも、遠くても必ず応援に来てくれました。泣いて帰ってくる私を見て、母は一緒に涙を流しながら話を聞いてくれました。怒鳴り合って喧嘩したこともありましたが、今となっては大切な思い出です。家族には、とても感謝しています。
そして、私は去年、大切な人を亡くしました。もっとしてあげられることがあったのではないか、一緒にいられる時間を作ればよかったと、たくさん後悔しました。人は脆く、いつどうなるか分からないということを実感しました。「まだ大丈夫」と現実から目を背けていた自分を、一番後悔しています。
私は今年で20歳になります。大切なことから逃げず、どんなことにも正面から向き合える人になりたいです。
そのために、サッカーができていること、大学に通えていること、毎日笑って過ごせていることを当たり前だと思わず、1秒1秒を大切に過ごしていきたいです。
今までは自分のために生きることで精一杯でしたが、これからは多くの人に希望を与えられるよう、誰かのために行動できる人でありたいです。
サッカーを続けられている今を大切にし、向上心を持ち、家族や仲間、出会えた全ての人に感謝を忘れず頑張ります‼️

長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました!
これからも日本女子体育大学サッカー部の応援よろしくお願いします!

