新1年 背番号19番 松尾成美です
全部書き終わって、誤字脱字が無いか確認しにきた松尾です。少し長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただけるとうれしいです。
まずは自己紹介をします
名前:松尾成美
出身:東京都
誕生日:7/19
好きな食べ物:オムライス、きゅうり、お寿司、冷やし中華、他にもたくさんあります!
これからは今までの私の人生をお話します!
私は小学校5年生の時、仲良かった友達から誘われて地元の男子チームに混ざりサッカーをしていました。
サッカーは小学校6年生で辞め、学校の部活動に入りたかった私は、中学はバスケ部に入部しました。
髪が短いのはそれからです。

毎日朝練があり朝早くから体育館でシュート練をして授業が終わったらダッシュで体育館に行きゴールを下ろして練習が始まるという、いま思うと中学3年間はバスケ漬けの毎日でした。
中学で出会った2人の顧問の先生は、人としてあるべき姿,そして礼儀を教えてくださいました。私の最初の土台はここで作られたと思います。
高校では、バスケ部に入るかサッカー部に入るかとても迷いましたが、入学式の日、初めて会話した隣の子に「髪短い!サッカーやってた?!一緒にサッカー部の体験行こう!」
と誘われその流れでサッカー部に入部しました。あの日あの時に声をかけてくれてなかったらバスケ部に入っていたかもしれません。

1年生の頃は、ただただ先輩についていくだけのサッカーであまり成長はありませんでした。
2年生に上がるタイミングで、顧問の先生が代わり私の人生は大きく変わりました。
春休みが明け、2年生になり初めての練習で私は前十字靭帯断裂という膝の怪我をしました。
人生で経験したことの無い痛みでした。
怪我をしてから正しく診断がつかなかったこともあり10ヶ月の間サッカーが出来ませんでした。先輩の最後の試合もベンチから見ることしか出来ない悔いの残る1年間でした。

最高学年に上がり私はキャプテンを務めました。約1年サッカーができていない上にサッカー競技年数の少ない私は、周りとの技術の差や「うまくやらなきゃ。チームをまとめなければ」という色んな重圧に負けそうになりました。また周りとの意見の食い違いやサッカーが上手くいかず、大事な試合でスタートで出れない時期が続くなど、沢山の挫折を味わいました。
それでも私は試合に出たい活躍したいという一心で本気でサッカーに夢中になりました。とにかく必死にボールを追いかけました。いま思うと3年生のあの時期が本気で何かに全力で、
心の底から楽しんでいたのだと思います。

顧問の先生は厳しく練習中も試合中も、私生活のところでも沢山怒られてばかりでした。ですが、それも全部が愛で本当に大好きな先生です。
また3年間チームに帯同してくれた大好きなコーチは今までに出会ったことのないほど考えが素敵な人で、挫けそうになった時には必ず話を聞いてもらっていてその度に助けて貰っていました。
日女の女サカもですが、私は本当にチームに恵まれているな と心の底から思います。

最後に。
なによりの私のサポーターはいつも家族です。
怪我をした時も父が毎朝学校まで送ってくれたりリハビリまで送ってくれたり。
恥ずかしがりながらも試合に観に来てくれる世界一やさしい兄がいたり。
そしてわがままで生意気な私にいつも、マッサージをしてくれたり健康を考えた食事を作ってくれたり、毎試合見に来てくれたりと全力を尽くしてくれる母がいたり。
それぞれに沢山迷惑かけてきたしこれからも程々にかける予定ですが、嫌な顔1つせずサポートしてくれる家族がいるから今もサッカーが出来ています。
私はこれまでの18年間たくさん周りに支えられ、素晴らしい環境を過ごさせてもらいました。
なので大学では、私が周りを支えられるように、そしてみんなを笑顔に、心から笑ってもらえるような素敵な環境を作っていきたいです。
新生活が始まりまだ2ヶ月ですが、大学もサッカー部ももう楽しいです!!
人数が多くメンバー争いが激しいですが自分の武器を活かせるように、「こういう時にこの選手を使いたい」と思って貰えるよう日々精進していきます。

長く話してしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
これからも日本女子体育大学の応援よろしくお願いいたします。

